香港に駐在していた頃、毎週日曜朝、つけっぱなしのテレビからノー天気な軽く明るい曲が流れていた。最初は気にも留めなかったが、毎週のことなので目に(耳に)こびりついた。二階建てバスの上で踊りながら歌っているビデオだった記憶がある。
https://www.youtube.com/watch?v=teMD0yJbKzg
Dreamhouse / Shalala
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| Shalala lala |
香港は日本人一人駐在で他のオフィス社員は全て香港ローカル。月から土曜午前(当時はなんと「半ドン」だった)まで働いて午後からつかの間の週末を迎える。その週末とて、日本から出張者があれば一緒に打ち合わせをしたりメシに付き合ったりした。偉い人が来ると空港まで送っていくというのも、当時の駐在員としては当たり前の仕事だった。
そんな香港オフィスのマネジメント層は英語が上手だが彼ら同士で話すときは広東語だ。北京で習った「漢語」とはまるで別の言語と言っていいだろう。日本語の促音、すなわち「っ」のように詰まる音というか跳ねる音が入るのが特徴的だ。例えば「日本人」は「やっぷんやん」。北京で習った漢語では、「りーべんれん」。これでは歯が立たない。
ところが、香港ではなんと自分に「秘書」がいた。今では考えられない「贅沢」な立場だった。Jenさんというその才媛は、マレーシア出身で、日本への留学経験があり、美容学校で学んだという。その後香港人と結婚。だからマレーシア語、広東語、日本語、英語に堪能なのだった。そしてなぜかインドネシア語も。バイリンガルどころではない。トリリンガルの次はなんというのかさえわからない。ローカル社員との打ち合わせ時には、日本語で話せば、瞬時に広東語になっていった。
多言語を駆使するだけでも舌を巻くが、仕事ができる。しかも早い。笑顔、いばらない、非の打ち所がない。天は二物どころか七、八物くらい彼女にもたらせた。いるんだな、こういう人って。
彼女がいたおかげで、香港での仕事は楽ちんだった。安心して任せられた。ちょっと任せすぎたかもしれない。香港返還前、そしてオフィスも平和な「駐在員事務所」から忙しい「合弁会社」に移行する直前ということもあり、もっともいい時期を過ごした。
Dreamhouseのその名も「Shalala」という曲は、アジアから売り出したと書いてあった。デビュー時のヘビープロモーションで毎週テレビで流していたのかもしれない。ポップというには軽々し過ぎるほどの「Shalala」は空っぽな日曜朝の脳に刻まれた。バスの上で歌っているお姉さんも、世の中に一抹の不安もない笑顔でフリフリ踊りながら歌っていた。

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