今のマンションに引っ越す際、CDは捨てに捨てた(捨てさせられた)が、手元に残っているのは220枚と少し。その中から「The Night Fly」を聞いてみる。スティーリー・ダンの後、ソロアルバムとして1982年に発売された。この年は浪人して代ゼミに通っていた頃だ。このCD、それから一体どれだけ聞いたことだろう。
一家に一枚 |
都会的でカッコいいサウンドだと感じた。
社会人になってからも、出張に行く時には必ず持って行った。飛行機でも、滞在先のホテルでもCD
Walkmanで聞いていた。当時空港免税店でやたらみかけた、プラダ。興味はまるでなかったが、ふらりと立ち寄った際、CDケースを見つけ、即購入。プラダがなぜCDケースか、などとは考えなかった。「しるし」がついていればその頃は何でもよかったのだ。
さらに時は流れ、2005年頃か、仕事でかかわったあるプロモーションで都内のホテルのスイートルームをインタビュー部屋として使った時のこと。事前に部屋内のセッティングなどについてホテル関係者と打合せをした。BGMはいるか、などの詳細に及んだ際、ホテルスタッフが持参したCDがNightflyだった。同じくらいの年代だったであろうその人は、「一家に一枚Nightflyですよね」。
スティーリー・ダンとドナルド・フェイゲンの作品は年次が入り組んではいるが、アルバムはほぼ持っていると思っていた。ところが「私のレコードアルバム」(所有CDリスト)を見てみると、なんとメジャーなアルバムがないことに気づいた。幻想の摩天楼やガウチョはレコードだったのだ!いまや、youtubeでもアマゾンミュージックでもSpotifyでもすぐに聞けるのだろうが、世代的にやはり「持っていたい」と言う欲があるのだ。何の意味があるのかと問われそうだが、所有ということに意味を見出してしまう世代なのだ。
封を切るのはこれから |
アマゾン、楽天で見比べると今回のCD買いについては前者に軍配。今さらながら「
Can't Buy A Thrill 」(1972年)、「 Countdown To Ecstasy」 (1973年)、「Pretzel Logic」 (1974年)、「 Katy Lied」 (1975年)、「 Gaucho」 (1980年)を大人買い。学生の頃にはできなかった技だ。
狭いマンションでは、大きな音で聞けないというのがストレスだ。実家にはレコードもあるがこれらを聞く機会はもう無いだろう。