月が変わったからではないがオフィスへ向かった。電車もそこそこの混雑だった。
オフィス需要が減少する真っただ中、改装されたピカピカのフロアで仕事をする。在宅勤務時には「通勤時間も悪いもんじゃなかった」などと懐古し、出勤すればしたで、「電車も階段もやっぱり疲れる」などと言いたい放題。気楽なものだ。
人の少ないスカスカオフィスで気力なく仕事をしていると、長年のつきあいである友人Uから電話がかかってきた。異動願いを出したらしい。この年で果たして聞き入れられるものかは定かでないが、子会社から本社を目指し、60歳以降の働き方も視野に入れた作戦は実に周到だ。電話ではやる気がなさそうだったが環境を整えるという努力は惜しまないようだ。
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| アドバイス |
それを聞いたからといって、こちらが奮闘するはずもなく、気の置けないUだからこそ、自分があらゆるコミュニケーションを避け、最小限にしているという本音も言える。コミュニケーション部門にいるのにそれができない自分には、もう存在価値は無いのだ。50歳を過ぎれば人にこっぴどく怒られることもない代わりに、褒められることも全くない。ただただ、ひとりで落ち込んだり、気を取り直したりするだけだ。
そんなウツな自分をUは励ましてくれる。
励ましといっても、がんばれとか、これを実行すべしなどとは、ひとことも言わない。こちらが怠けていると言えば
いいんじゃない
それでいいと思う
という誠に無責任なアドバイスをくれる。そしてそれにひどく安堵するのだ。
Uが困っているだろうと思われるときには自分もそんなようなことを返す。世間ではこれを傷のなめ合いともいうかもしれない。今日も20分ほど話したが、会話のあとが心地よかった。
嫌な部署にまだあと数年いるのは耐えられないといえば、これまで過ごした嫌な時間と、退職までの時間を比べ、後者が圧倒的に短いことから、「もうすぐじゃん」と言ってくれる。
まあ、それはそうなんですけど。

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