2020年10月11日日曜日

【書籍】死の教科書 五木寛之著 宝島社新書

 さすがにおどろおどろしいタイトルをつけ過ぎて反省したのか、サブタイトルに

~心が晴れる48のヒント~

とある。売らんがための強烈なインパクトを与えるためか。五木寛之サンの本らしからぬタイトルだが、サブのような書は世にあふれていて、誰も手には取らないだろうとも思う。

 

タイトル怖い

1998年(平成10)年から2011年(平成23年)まで連続で3万人を超えていた自殺者は、減少傾向にあるものの、2019年(令和元年)でも2万人を超えている。

https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf

警視庁 自殺者数の年次推移

 

自殺を考えないまでも、絶望の淵にある時、「救い」を求める気持ちになるのは自然なことだともう。しかしながら、いくら神頼みしたところで宗教にはその状況をたちどころに直してくれる効能はない。

 

「聖書の中にはイエスキリストが病めるものを治したり盲人の目を見えるようにしたり立てないものを立たせたりという奇跡の場面が数多く描かれている。日本で古来より宗教と呼ばれているもの、すなわち神道や神社などは、国家安寧や五穀豊穣、病気平癒や商売繁盛の御利益を求めて祈願する対象でした。しかし、宗教には本来、そうした現世利益の効能はありませんし、人生の苦しみを軽減したり、取り除いてくれたりすることもありません。どれほど深い信仰を得ようと苦悩は尽きません。老いや病、死の影は、私たちに迫りくるのです。では、宗教や信仰にはどんな役割があるのか。それは、人生の不条理、生きることの不安や苦しみに直面したとき、それを抱えながらも何とか進み続けるエネルギーを人に与えてくれることではないでしょうか」(死の教科書、五木寛之著宝島社新書より)

 

やはりどのような苦難、状況にあっても自ら模索し動きだし、これに対峙する以外にはないのだということがわかる。宗教はそのためのエネルギーを与えてくれる。それならその役割は理解できる。

寺へ行っても、神社へ行っても、そして教会に行っても(あまり機会はないが)頼み込んでしまう自分はエネルギーに満ち溢れていそうだが、果たしてパワーは足りていない。

どうやらチャンポンでは効き目はなさそうだ。

 

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