2020年5月14日木曜日

苦しみと絶望の連続にあるとき


今週はじめ、「ずっと起きている夢」なのか「ずっと眠れなかった」のかわからない状態が二日続いた。早めに横になったが理由もなく自分を問いただすように思い詰める。自分で蟻地獄の穴に落ちていく必要などないのに。

起きているのか眠っているのか

作家の五木寛之サンも「わたしはこれまでに二度、自殺を考えたことがある」と、大河の一滴(幻冬舎文庫)の冒頭で触れている。心萎えた状態が元に戻るのは時間だけが解決してくれるという。

こんな考えをして自分の中でぐるぐる回り始めてからずいぶん経った。こういうことは何度もある。ある時はこれに加速度がつき、コントロール不能になる。そうなると戻るまでにまた長い時間を費やすことになる。アスリートが一日練習を休むと取り戻すのに二日かかるというが、それのロングバージョンだ。そんな自分がほとほと嫌になる。好きになれない。

だが、だ。
自分を助けるのは自分と体得したはずだ。地獄の池に糸を垂らすのも(カンダタか)、課題に対峙するしかないのも(アドラー読みすぎか)、自分でしかできない。ようは心神耗弱にある自分を、自分が見捨ててしまったら救われることはないということだ。

参っている時でも、なぜか他人のことは多少思いやる気持ちが残っている時がある。だったら迷わず、他人へ向ける心の余裕を自分に向けられないものだろうか。あまり実行できたことはないが、できるはずだ。

前述の書籍で、五木サンを自殺から救ったのは「人生は苦しみと絶望の連続である」という感覚を持ったこと、しかしながらその地獄のような中にさえある人の善意や正直さ、親切、助け合い、笑い、幸福な瞬間、自由、感動の記憶だという。

少しくらい自分を助けてやってもよさそうだ。


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