2021年3月15日月曜日

カナダに漂着したハーレーダビッドソンのハナシ

録画しておいた「世界にいいね!つぶやき英語」という、ツイッターで発信された内容を紹介する番組をみた。ここで、3/11Three eleven, March eleven)に関する投稿が取り上げられていた。

津波に流されカナダに着いた(イメージ)


東北のどこかの県から津波で流されたハーレーダビッドソンがカナダに漂着した。持ち主が特定され、その人は津波を逃れて生きていた。そのバイクをハーレーが無償でオーバーホールし、持ち主に返却するという提案があったそうだが、彼(彼女?)はそれを断ったということが紹介されていた。被災地で大変な思いをしている人が多い中、そのオファーを受けるわけにはいかないという判断をその人は下した。

 

二つの考えがあると思う。

一つはこの話の通りで、道楽で乗っていたバイクを直してもらっても被災地で乗るには忍びないというものだ。蕎麦屋や新聞配達でハーレーを使っているというハナシは聞いたことがないし、見たこともない。趣味道楽と考えるのが普通だ。自分一人が趣味のバイクを直してもらうのは肩身が狭いと感じたのだろう。

 

もう一つは、そのオーバーホールのオファーを受け、困難な中においてもバイクという趣味を失うことなく生き生きと活躍する道だ。普通の心の持ち主であればそんなオファーをしてくれたハーレー社を激賞することだろう。本人は心の張りを持って生活再建に取り組む。ハーレー社は間違いなく称賛される企業となるだろうし、ステークホルダーの「信頼」も大きく勝ちうるだろう。

 

自分なら間違いなく後者を選んでしまいそうだ。

だがそれは震度5弱の東京にいたからそういう判断になるのだ。もしこのハーレーの持ち主が家族を亡くし、原発事故の影響による帰宅困難地区に住んでいて、職を失い、失意のどん底にあればピカピカのハーレーが戻ったところで何の意味もない。

 

結局、当事者にならないと何もわからないのだ。同情することはできる。いつからはやり始めた日本語か、「寄り添う」ことはできる。だがその人の気持ちを理解することなど絶対にできない。土足で入り込むことなど許されないのだ。

 

バイクの持ち主が本当にまた乗りたいと思った時に、ハーレー社が応えてくれたらそれぞれの思いはどれほど大きく増幅することだろうか。

 

 

 

 

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