昨年、二〇一九年一月と二月は仕事を全休した。三月はほぼ一カ月「試し出社」。ようは三カ月欠勤したことになる。何ともさえない「第1四半期」だった。
あれから一年、コロナによる在宅勤務ローテーションというイレギュラーはあるものの、今は普通に勤務している。働く、そして生きるモチベーションが強く戻ったわけではないが、食事も美味しく感じることが多くなった。
これまで二十五年間、行った戻った、上がった下がった、また落ちたを繰り返してきた。あまり「上がった」記憶はない。「平ら」ならある。
だがこうして生きている。悪くない。悪くないぞ。
完治することもないのだからまあ、付き合っていこうという気にはなっている。たった三カ月休んだところで二十六年前に戻ることはないのだ。
ずっと落ち込んでいると、そのこと自体に疲れてくる。そのうちなぜ落ち込んでいたのか、なぜ疲れているのかさえ、わからなくなる時もある。
「うつ本」には「悩みを具体的に書き出してみよ」というのがよくある。確かにペンは思うように走らない。もともと明晰ではない頭脳の働きが、病のおかげでさらに落ち込むのだから、いくら考えても解が出ようはずはない。それらしいものが考えられたとしても堂々巡りしてまた落ち込むのがいいところだ。
そんな状態に陥ったなかで、昨年の「第1四半期」はここ近年ひときわ重い気分だった。不在(欠勤)だった期間を考えれば、会社が自分に下す評定は「最低」もしくは欠勤期間による「査定対象外」だと思っていた。ところが五段階で二がついた。
何がやるせない気持ちかって、その前年、欠勤する前、年間フルで働いていた二〇一八年の勤務評価が五段階評価の一、赤点だった。さえない第1四半期どころか、遡って二年、全くさえてなかった。トホホ。


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