2020年4月18日土曜日

カウンセラー? むりむり、一緒になって悩んじゃいそう


4月8日の日経夕刊に、うつからの職場復帰プログラムの記事があった。これによれば2017年にうつなどの気分障害と診断された患者数は127万6千人。15年前の1.8倍で、精神疾患を理由に休職した社員が復職後に再発した割合は53%と、身体疾患の再発(20.6%)を上回る。休職者の退職率も42.3%と、がんとほぼ並ぶ水準だという。さらには完治までに5~6年はかかるという医師のコメントも掲載されていた。


医学的には知らないが自分の考える「うつとうつ病の決定的な違い」については以前触れた通り、自死を考えるほど思考が立ち行かなくなるかどうかだと思う。

幸いそこからは脱していて、安堵する。

うつの再発割合が53%と聞き、自分のケースを考えれば妙に納得する。しかも人によって異なるだろうが完治までの期間を待つことなく復職したことは、今思えば無謀だったのかもしれない。「うつではない正常な状態に早く戻りたい」という一心で自分を説得してしまうのだろう。
求職者の退職率もがんと同じか。がんにかかったことはないが、例えば手術後の物理的諸症状と比べると、うつの場合は目には見えない。これはこれで苦しいものだ。

しかしそれでも復帰を目指してリハビリをするのは簡単に言えば仕事をしないと生活が立ち行かなくなるからだ。疾患(精神かどうかを問わない)、疾病から時として年単位のリハビリを経て復職できる制度を持つ職場はそう多くはないだろう。

完治前に復職をしたことで、「再発率」上昇に寄与した自分は、それでも何かしらこの経験を生かせないものかと考えた。ところが古い友人からは「カウンセラー?無理無理、(相談者と)一緒になって悩んじゃいそう」と諭された。

正しい。(即納得)
私は以前お世話になったカウンセラーの方をイメージしていたのだが甘かったようだ。

以前受けた研修で、感情を表す曲線を手書きグラフで示すというのがあった。これまでの体験の中で嬉しかったことや成功したときは浮上、落ち込んだ時は下落するというシンプルなものだ。たいがいは上下にでこぼこするものだと思っていたし、実際書いてみるとそうだった。ところがずっと「右肩上がり」を堂々と示す女性がいて驚いた。「落ち込んだことがない」という。自己分析なのでそういう方もあろう。

また、先日ある女性管理職が「もっと学んでキャリアを積んで充実したい」という人材会社のコピーのようなことを、目をキラキラさせながら言っていた。グラフがポキっと折れないことを勝手ながら思った。


2020年4月15日水曜日

【書籍】人生は苦である、でも死んではいけない


最近また一冊、「現実を突き詰められる」書籍に出会った。

「人生は苦である、でも死んではいけない」(岸見一郎著 講談社現代新書)という恐ろしいタイトルだ。和見一郎サンの本を読むきっかけは、ある番組で「自省録」(マルクス・アウレリウス著)の指南役として登場し、ご自身の体験などを踏まえ、含むような包み込むような語り口の解説に魅力を覚えたからだった。
「嫌われる勇気」の著者といったほうがピンとくるかもしれない。
 
タイトルきつめ

幸福であるためには何も達成しなくていい。いま「ある」こと、「生きていること」がそのまま幸福なのだが、成功を目指していると終わりはない、と述べている。

助かる。
いまここに存在すること、そして生きていることが幸せなのだ。それだけでよいなら幸せになれそうだ。また、「生きていること」、いまここに「ある」こと、「存在していること」自体が大きな価値なのだという。「人はただ生きている、存在しているだけですごいことなんだ」とする五木寛之サンの言に通ずる。

また、
「自分を暗いと思い、そんな自分を好きになれないという人は、明るいことがいいことだという世間一般の価値観を基準にして現実の自分を判定しているので、自分を受け入れることができないのだ。自分が暗いと思っている人は、暗いのではなく優しいのだ」と、どこまでも優しい。

アドラーに関する著作も多いのに、アドラーの言葉を全面的に受け入れているわけでもない。
私は先に引いた「私に価値があると思えるのは、私の行動が共同体にとって有益である時だけである」というアドラーの言葉を次のように変えたいと思う。
「私に価値があると思えるのは、私の存在が共同体にとって有益である、そう私に感じられる時だけである」
有益であると「感じられる」としたのは実際に有益なことができるかどうかは全く問題ではないからだ。

どうも、アドラーセンセイの言葉は自分には「キラキラ」し過ぎていて、「わかっちゃいるけどそれできたら苦労しないよ」というものが多い。エリート社員が研修か何かで読んで、実践してしまいそうなフレーズが並んでいるように思う。

そんな優しい慈愛に満ちた本の最後のほうに、しかしながら目を見張る結末が待っていた。二匹の蛙が壺に落ち、一匹は何もせずに溺れ、もう一匹は必死にもがいた結果、助かったというたとえ話が書かれている。そして最後にこう記してある。

「人間もまた、ミルク壺に落ちた蛙のようである。その現実から目を背けるわけにはいかない。だがあきらめてしまうのでも、何か自分を超えた力が働いて何とかなるだろうと考えて何もしないのでもなく、できることをしていくしかない」

おおお、これじゃ苦しみ、困難、課題など直面した全ての壁に、やはり「対峙するしかない」という結論になっている。ブッダもマルクス・アウレリウスも、アドラーも煎じ詰めるとどうしてもこういう結果になっている。

厳しいネ。



2020年4月10日金曜日

在宅勤務は何に疲れるのか


「在宅(勤務)疲れ」という。

アナウンサーは、東日本大震災の時張りに「皆で協力しあっていきましょう」的なメッセージを送る。もちろん災害時とウイルス感染拡大では状況も異なるし比べるべくもない。

会社員なら、通勤時間がまるまる無い分、寝坊もできるし満員電車に乗る必要もない。朝もゆっくりコーヒーを飲める。それってずっと切望していた生活なのではないか。始業時間になったら自室でもカフェでも、仕事を始めればいい。

満員電車にまた乗りたい?

仲のいい同僚と会えないよりも、顔も見たくない上司や先輩と距離を置けるのは「理想的な働き方」だ。しかも電話や余計な指示が入らない分、本当に仕上げるべき仕事は集中することができ、いともたやすく、短時間で仕上がってしまう。

そんな理想的な、待ち望んだ働き方なのになぜ疲れるのか。

狭い自宅に家族がいるから?
人と話す機会が減るから?
歩数計が一日1000歩もいかないから?
仕事終わりに居酒屋に寄れないから?
実は嫌な奴だと思っていた会社の人に会いたいから?

独房的感覚が引き起こす気分の波の無さなのだと思う。たぶん平坦すぎるのだ。

幸い、留置所、ろうや、拘置所といった類に世話になったことはないが、生活リズムの節目が減る。普段なら朝起きる、しかも「あーまだ眠い、会社へ行くのはイヤだな」と思いながら起き上がり、顔を洗う、髭を剃る、せかせかと朝食をとる、着替える、カバンの中を確認する、定期、財布、鍵確認よし、靴を履く、駅へ向かってスマホでポッドキャストを聞きながら歩く、地下鉄に乗る、乗り換える、コンビニでペットボトル飲料を買う、エレベータでいつものフロアに、そして自席に着く。午前も午後も打合せ。でも昼休みには外に出る。
 
狭い自室で一日仕事

行程のかなりの部分がいま、欠落していることがわかる。

戦時下、明日の命をも知れない兵士が毎朝、仲間に「おはよう」と言って挨拶をし、わずかな水で顔を洗い、髭を剃る。今日撃ち殺されるかもしれない極限状態にあってなお、こうした兵士が生き延びると五木寛之サンのエッセイで読んだことがある。

一見面倒なルーチンは実に必要なことなのかもしれない。そうした日々の習慣が一日の時間の少しずつを埋め、その人の一日が成り立っていく。毎日行っている時は「こんな面倒な時間が無くなればもっとやりたいことがある、自由になる」とさえ思う。それが実現してしまった今、在宅疲れを感じている。

そうか、在宅疲れは「自由になってしまったことによる疲れ」なのだ。

(そんなことはないね)

2020年4月6日月曜日

今年は墓参りにはいかなかった


今日は父の命日だが今年は墓参りにはいかなかった。
 
父の眠る寺はなかなかいい

1979年4月6日は高校の入学初日だった。
登校し、自分のクラスに入ったとたん、担任教師からすぐに家に帰るよう告げられた。そんな始まりだったので、高校生活のイメージは全体としてグレーな感じがしている。おまけに直前の春休みにのんきにスキーなどいっていた。

If I had realized my father was so ill, I wouldn’t have gone skiing.
(もし父がそれほど深刻とわかっていたら、私はスキーに行っていなかっただろう)

習ったよね、英語。仮定法過去完了。これはベルリッツの先生に確認したから、正しい英語表現だ。
そう、高校生活は何となく灰色がかっているのだ。

墓参りといえば、中国でも義父、義兄の墓参りをしたことがある。日本でもにぎやかな場所に墓はないが、ハルピン市内からタクシーで小一時間くらい走っただろうか。果たしてさびしい所にあった。墓石の数が夥しく、全て形が同じだった。義姉がメモを片手に「番地」を探していく。花や線香を手向けるのは同じだが、花を挿す場所がない。

はて、どうしたものかとみていると、ガムテープ幅の透明テープをジジィーっとばかりに切り、何と生花をそのテープでとめている。おおお、ダイナミック。確かにどんなに風が吹いても飛ばない(その日はからっ風の強い日だった)。強風のため、線香は燃え尽きるまで手に持っていた。故人を偲んで酒やたばこを供えるのも同じだ。

日本と決定的に異なるのは、墓石に写真が埋まっていることだ。どのように加工して貼り付けてあるのかはわからない。「〇〇家の墓」というシンプルなものに見慣れているので笑顔でこちらを見られるのは一瞬たじろぐ。

タクシーには、待ってもらった。いったん返してしまったら二度と捕まらないような場所だった。墓参りという行事の性格上、タクシー代を値切るのもはばかられ、少しチップもわたした。

今なら配車アプリですぐ来るのだろうか。


2020年4月5日日曜日

【書籍】迷いながら生きていく 五木寛之著


迷いながら生きていく 五木寛之著

以前のエッセイで、「あれかこれか」と白黒きっぱりとはなかなかいかず、「あれもこれも」、とならざるを得ないと書いてあった。健康法ひとつとっても、〇〇は体に良い、いや、悪いといった正反対のハナシは巷にあふれている。



今回読んだ「迷いながら生きていく」で一つ驚いたのは、「七十代は黄金時代」だという。五十代半ばの自分にとって何とも希望に満ちている。(五木サンは今年米寿のはず)

五十歳からの十年は設定変更期、「下山の時代」への準備する時期。六十歳からいよいよ本格的に下山の時代、「白秋期」がスタート。六十代は「再起動」。これまでのものを手放す。七十代は「黄金時代」。人生で最も充実する時期なのだそうだ。

朝鮮半島で終戦を迎え、筆舌に尽くしがたい体験と共に「引揚者」として帰国し、人気作家として昼夜逆転の生活を長いこと続けている米寿の方の言なので、N=1とはいえ「自分にも黄金時代がこれから来るのだ」と思い込む価値がある。そう、思い込めばいいのだ。

「人生は『長さ』よりも『質』で考える」という項では、人生は長短に関わらず、「今」の連なりであり、今をいかに生きるかを考えることは、人生を考えることになると記している。先月読んだ、自省録(マルクス・アウレリウス著)のテーマの一つ、「いまを生きよ」と同じ考えだ。

こうして先人の教えや作家考えを、書籍を通じて触れることができるのはありがたい。もちろん妄信しているわけではなく、「それは違うだろう」「そういわれても自分にはできない」はいくらでもある。だって、「人間だもの」。

また、「孤独と孤立は違う」では、「孤独」とは他者のなかにあって初めて認識でき、「自分が他の人とは違う」ということを、他人と接触することではっきりと認識することから始まり実感として深まるとしている。一方「孤立」は他者との交流をあえて遮断したような、不健康な状態を示す言葉ではないかと記している。

コロナ禍による世界的な閉塞感の中では、ザイタクによって感じるのは孤立と言える。だが、五木サンの考えによればそれは「交流をあえて遮断」したことによるのだから、ネット上でいくらでも「繋がる」方法をとればいい。それでもさびしさを覚えるなら「旧式」だが電話で声を聞くというのはかなりの処方箋になるのは間違いないと思う。

「迷いながら生きていく」は、いつもスパッと決断できるものではなく、むしろそうできないことのほうが多いと言うことを、触れようとしていたら、孤立のハナシになってしまった。

2020年4月4日土曜日

下を向いて歩いてみたら


若者なら歩きスマホは日常だし、自転車スマホも見かける。危険極まりないと思いつつ、自分も電車の乗り換えなどではいじることもある。読書ならよいというのは道理がない。危険度で言えば全く同じだ。

読書といえば、小学校の同級生だったタカシ君はいついかなる時でも本を読んでいた。まつ毛が眼鏡の内側に明らかに当たっているとわかるほど長かった。「歩きながら本を読んじゃいけないんだ!」という周囲の忠告も、その比類なき読書量には効力がなかった。
ちなみに働きながら、読書にいそしんでいた二宮金次郎像も見直しが進んでいるとのこと。
学校から「二宮金次郎」像が消えている理由
 
勤勉さを見習うはずだったが

あまり気分が乗らない時は、何となくうつむき加減に歩いてしまう。そんな時に道路にある印が目に入った。黄色地に緑色のアルファベットで「G」と矢印のマークがある。小さいながらもカラフルだ。何のしるしかわからないまま、ふと見ると、そこかしこにあり、同じ黄色地に赤色の「G」もある。各戸に見られるのでガスだろうことは察しがつく。今まで全く気付かなかった。(面倒なのでこれは調べない)

赤字と緑字の二種類がある


こりゃ面白い。次に目に飛び込んできたのは「基準点」だった。アスファルトに鋲が打ってあり、そう書いてある。小学校社会科で習ったような。カラフルGに比べたら実に地味なマークだ。国土地理院HPによると、「基準点とは、地球上の位置や海面からの高さが正確に測定された電子基準点、三角点、水準点等から構成され、地図作成や各種測量の基準となるものです。」
 
ダイジな基準点
とてもダイジな点だ。にもかかわらず地味さが際立っていて、人に車に好き放題踏まれている。「G」同様こちらも気づけば似たような丸い鋲がそこかしこに。そんなに基準がたくさんあるのかと思いきや、「密集基準点」「路線測量」「都市再生街区基本調査」「街区多角点」「管理界」など様々だ。少し集めてみたくなる。
 
何がどう密集しているのか気になる

下を見ながら歩くのも楽しいことがあることがわかったが、しゃがんで写真を撮る姿は滑稽ではある。車にひかれたり、自転車に衝突しないようにしなければならない。
ポケモン、フリーザー並みの何かレアなものを探してしばらく下を見ながら歩く日が続きそうだ。


2020年4月2日木曜日

自分をだまして心地よく


人間には承認欲求がある。
確かに褒められるのは気持ちがいいし、やる気も出る。だが、50代後半になると褒められることは皆無。服でも買いに行けば店員から「お似合いですね」のひとことくらいあるかもしれないが、そもそも服も買いに行かない。


「よくできたね」「すごいね」「いいじゃん!」は無く、「元気?」「ダイジョブ?」「どこか調子悪い?」とは言われる。特に不都合はないのに普通にしていても、そういわれると気になるしへこんでくる。そういわれるということは、そういう表情をしているということだろう。だからと言って何もないのに普段から笑みを浮かべているのはオカシイ。

33年前、営業の仕事になった時に、内勤社員からは「なんでいつも怖い顔をしているの?」と言われ、得意先のご店主からは「なんか文句言ったら自殺しちゃいそうな人が来た」と言われた。どんな顔して営業回っていたのかと思う。

中学の頃から老けた顔だと言われたことはある。当時は「大人っぽい」という表現だったが、ようは老け顔だ。老け顔と怖い顔は違うと思うのだが。

小学校の卒業文集か何かで、はきはきした聡明そうな女子から「春の海のような君」と評された。ぼーっとしてハッキリしないヤツだと言われたのだ。優しい表現を知っていた彼女はどんなオバサンになったことだろう。
中学では、学校にやってきた「教育実習生」(大学生)から、「魂が抜けたような覇気がない時があるね」と酷評された。そういう人間には教師にはなってほしくないね。

ある時期を境に「顔は変えられないんですよ」という防戦から、「中学の頃からこの顔ですが、変わらないので今は若いと言われます」と反転攻勢に出ることにしている。「思い込み」は大切だ。昨日見た「ガッテン」では、長年の耳鳴りを、雑音を一晩中聞きながら寝ることで克服した例が紹介されていた。

これで腰痛が治るのか

その疾患から「注意をそらす」ことで対処できる場合があるという。別の番組では、犬を飼うことで腰痛が治ったことが紹介されていた。「そんなバカな」と思うが、疾患やコンプレックスに自分の注意力が行き過ぎてしまうことで痛みや苦しみが取れないのだ。

だから、自分を褒める、諭す、思い込む、騙す。きっと体はそれを欲しているはずだ。そして喜ぶはずだ。それで治ったり、気持ちが良くなったりすれば御の字だ。

一理も二理もありそうだが、毎朝の腰痛は治らない。

1丁目のバーガーキング

前回ハンバーガーを食べたのは、 2019 年 2 月、サンディエゴの Burger Lounge だ。滅多に食べないこと、そして滅多に行かないアメリカで食べたのでよく覚えている。彼の地に住む中学時代の同級生が連れていってくれた。アメリカーンな美味しいものだった。 最寄り駅にバーガ...