2020年9月3日木曜日

CD5枚は果たして大人買いか


在宅勤務をきっちり終え、散歩がてら隣駅の居酒屋まで歩く。スタートの早いその店はすでにカウンターが9割埋まっていた。
「シュッシュしてね」
という入口での手指消毒の声掛けが挨拶代わりだ。大瓶に野菜三点盛りでスタート。ひとしきり飲って店を出て、川沿いを歩いて帰る。

トイレいっとくか。で、シマホ(と呼ぶにはどうも無理がある島忠ホームセンター)で用を足す。するとワゴンセールのCDが目に入った。オールディーズ、ジャズなどがメインだった。1枚300円。「オリジナルアーティストCD」と強調してあるところが、怪しい。30年前の中国の海賊版CD屋の様相だ。

激安CD オリジナルアーティスト


「1981年にはドイツでテストCD(カラヤン指揮によるリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲)が製造され、当初の予定通り1982年にはCDの生産が開始されました」
オーディオ買取屋 「世界初のCDは」より抜粋

そう、大学に通っていた1983年から1986年頃は、まさに過渡期で大学生協のレコード売場がCDに徐々に浸食され、プレイヤーも売り出されその後急速に広まった。音質は「半永久的」だと説明されていた。劣化しないという意味だろうね。だが聞くためのハードは劣化どころかもう姿を消して久しい。パソコンにCDドライブがついているとすればそれはもはや骨董品級だ。

そして今はデータ。少し寂しいのは「影も形もないこと」だ。レコードは小脇に抱えて大事に扱った。針を落とす瞬間はドキドキした。凝ったジャケットも大きな楽しみのひとつで、音楽を所有することができた時代だ。CDは半永久的という高音質を12センチの円盤に閉じ込めた。ポータブルCDプレイヤーが登場し、高音質を「WALKMAN」した。出張時に必ず持っていくCDもあった。

懐かしんでいるだけではただの愚痴だし、新しい物事への適応も必要だ。そこで昨年グーグルミュージックを半年くらい聞いていた。リストも作れるし気に入った曲もたくさん見つかり重宝していた。
この手のサービスは各社が展開しているが、何百万曲、何千万曲聞き放題と言われたところで好きなアーティストが入っていなければ意味がない。それにいくら音楽好きとはいえ一生かかっても聞き終わることはない。

そんなわけで結局、飽きが来て聞かなくなってしまった。きっと情報が多すぎたのだ。

ホームセンターで割と好きなジャンルの安いCDを5枚まとめて大人買いしたのは、案外いい出会いだったのかもしれない。(1500円で大人買いと言っているところが寂しい)

2020年9月2日水曜日

罪なジャズ・ギター教則本


7月は本当にずっと雨だった。8月は本当に猛暑日が続いた。そして9月になって一気に涼しくなった。季節は順にやってくると知りつつも梅雨時に雨が続けば晴れを求め、猛暑が続けば凉を乞う。だが気温や雨の降り方のひどさや35度を超える高温など、これまでの天候と程度が異なるのは明らかだ。

当然体調も優れない。気分も優れない。知人から「いいことない?」とメールが来る。いいことなどそう転がってはいないのだ。そんな中、「音の鳴らないギター」を買って三週間。適当にぼろぼろ弾きながらYouTubeを見ていたらジャズギター入門の動画に出会った。
宇田大志サン ジャズギター入門

これが懇切丁寧。入門とあるがジャズギターというだけあって、さすがにチューニング方法から始まるわけではないが、実にゆっくり進む。これならついて行けそうだ。(やる気が続けばのハナシ)

つい…買ってしまった

偉そうでないのがいい。カッコつけてないのがいい。他の動画だと、「俺はこれだけ弾けるんだぜ」というのを最初に見せておいて「こんなの弾いてみたかったらまあ見てくれよ」という感じのものが多い。自分から壁を作る(もちろん故意に)動画だ。

その点、宇田サンのジャズギター入門は急がず、こちらがじれるほど丁寧だ。30分かけて4コードを習得なのだが、無駄感がない。最後にはギター練習カラオケもついている。このサイトだけでも十分だと思いつつ、つい、買ってしまった。彼の教則本を…。

一世を風靡した…(写真はよそ様より)

これで思い出すのが、「成毛茂のロックギターレッスン」だ。ネットで調べると1973年に作られたものらしい。その4年後に初めてエレキギターを買って、当然のように成毛サンの教本も買った。だが当時は熱にうなされたように一時的な盛り上がりでもあり、買うことで燃焼しきってしまい、手を付けた記憶が全くない。この教本とカセット、メルカリなどを見ると1000円台もあるが9800円という値付けをしている「悪い奴」もいる。需給関係が一致すれば買うやつもいるかもしれない。

さて、宇田サンの素朴さにほだされ、まんまと教本を買ってしまったが、今のところ順調に序盤を進めている。が、タイトルを見間違えていた。

「3年後、確実にジャズ・ギタリストになれる」ではなかった!

2020年8月29日土曜日

万年筆は万年書けるか


1995年に香港駐在員となった際、万年筆を買った。Parker Sonet Indigoというブルーのまだらの万年筆だ。当時住んでいた尖沙咀(チムサッチュイ)のサービスアパートそばにあった「東急百貨公司」で購入した。

ペン先が汚れている


万年筆は父の形見の品を持ってはいたが調整が悪くどうにも使えなかった。オフィスで小切手にサインする機会が多かったこと、来る合弁会社設立関連の書類へのサインなどもあったことから、そこそこのモノを買い求めたつもりだ。万年筆そのものがいくらだったか忘れてしまった。
32HK$(1995年)

だがその当時一緒に買った、WATERMANのインク(ボトルだよ)には、32HK$とある。当時の為替が12.1589円(※)なので約390円だ。いまアマゾンや楽天を見ると送料込みで1700円前後。あまり比べる意味はないがこの写真のインクは香港で買ったものを、持ち帰り会社の机の引き出しに入れておいたものだ。20年以上眠っていたことになる。
※…世界経済のネタ帳                  https://ecodb.net/exchange/hkd_jpy.html

香港オフィスでしばらくボトルに入ったインクを使っていたがコンバーター(?)で吸い上げるのが面倒で、カートリッジを買うようになった。以来ボトルは使わなかったが今回日の目を見たというわけだ。カートリッジは5本入りで500~600円程度。わずかではあるがプラごみも出る。今のカートリッジを使い終えたらインクで書こう。

この万年筆、伊東屋でペン先を直してもらった。かすれがひどかったためだ。いくらか忘れたが思ったより安く仕上がり、今は「三年日記」を記すのに重宝している。
カートリッジ一本分でどのくらいの文字が書けるのだろう。考えると「地下鉄漫才」と同じくらい夜も眠れなくなってしまうのでやめておくが、訳語の万年が示す通り鉛筆より長いと感じられたのだろう。Fountain Penにも同じような語感があるのだろうか。書いても書いても湧き出て途切れることのないインク。だから万年。亀みたいだ。

中学校の同級生が、「万年筆は人に貸すものではない」と言っていた。筆圧が個人で異なるからだそうだ。そんなことを言うM野君がずいぶん大人に見えた。かなり奥深いモノであることは間違いなさそうだ。

2020年8月28日金曜日

大健闘、立石駐車場

赤のハリアーは椅子の硬さが心地よい。

小気味よい走り

在宅ストレスを発散すべく、今日(金曜)休みを取って三崎までドライブした。三崎と言えばマグロと大根とスイカだが真のお目当ては秋谷の「立石駐車場」だった。そこに行くためだったと言ってもいい。だがあろうことか、満車の札が。平日にもかかわらず入れなかった。

134号線は偉大なルートだ。高校生の時に原付バイクでヒマに任せて何往復したことだろう。家からまっすぐ小動をめざし、左に曲がればあとはずっと海沿いだ。MR50(原付バイク)以降も、シビックで、アコードで。腰越を、七里を、稲村を、材木座を、由比ガ浜を、葉山を、長者ケ崎を、そして立石を。その道は自分にとって鮮血の通う大動脈だった。
※134号線…横須賀の三春町二丁目交差点を起点とし、三浦市・三浦郡・逗子市・鎌倉市・藤沢市・平塚市を経由して中郡大磯町の大磯駅入口交差点の終点までの総延長60.6Kmの一般国道。

のどかな三崎港

県営立石駐車場は海に向かった無料の駐車場だ。こぢんまりとして目立たない、入口の狭い、それでいて絶景のスペースだ。この駐車場を見つけたことは、関谷インター付近で100円で缶ビールが買える自販機を見つけた時の喜びよりもはるかに大きい。

日が暮れるまでぼっとしているには最高の場所だった。防波堤は高校生が寝転んで意味もなく過ごすためにある防波堤であり、赤以上に赤色な夕日を見るための防波堤であり、好きな子を思って悶々としたほてりを冷ます、いや、盛り立てる時を過ごすための防波堤だった。カップルで来ているヤツには石を投げたものだ。(ウソ)

いまHPを見るとなんと62台と書いてあるが拡張したに違いない。当時は20台くらいでいっぱいだったはずだ。知っている人は知っているが、完全な穴場だった。ガードレールや売店といった無粋な遮蔽物がなく、本当に海前なのだ。長者ケ崎は1回800円、七里ガ浜は1時間620円。このほか、1回1000円超えはザラだ。そんななか、まだ無料でやっていたとは。
横須賀観光情報 ここはヨコスカ

このはす向かいほど近くには、1984年にできたマーロウがしぶとく生き残っている。しゃれたカフェなど、当時行けるはずもなく立石のための「通過点(店)」だった。そこにカップルで来ているヤツには石を投げたものだ。(これもウソ)

今日立ち寄った葉山マリーナ内にマーロウがあったが、なぜか入ってみようという気にはならなかった。大人になったか。

2020年8月26日水曜日

やる気ゼロメートル地帯


近所の地下鉄入口には、海抜-2.1メートルという表示がある。街中にいるとわからないがようは海にめり込んでいるのだ。背丈より潜り込んでいるとはずいぶんだ。だがそんなところに住んでいることとは関係なく、やる気がなく、地盤沈下しそうなのである。いや、既にしている。

はてどう脱出したものだろうか。

けっこうな沈みっぷり

「自分をだまして心地よく」もできる時とできない時がある。何に対してもやる気がないと言いつつ、読む人のない、これは書いている。当てはなくとも吐き出す(書き出す)ことで少しは「ゼロメートル」からプラスに転じることができるか。

プラスというが、プラスでないとダメなのか。マイナスのままでは生きていけないのか。在宅勤務はサボって横になることができるからそんなくだらないことも考える。「ゼロサム」世界なのだからマイナスの人間もいないと、成り立たない。全員プラスだと気持ちが悪い。そう思うと存在価値はありそうだ。よし、存在しても良いことは納得できた。

ではこのマイナス「気分」をどう消化すれば良いだろう。お腹が痛いと思うと本当に痛くなってしまうように、ずっと考えているからやる気がなくなるのか。そうか、やる気がないのだから、消化する必要もないのか。消化不良のままで良いということか。

一生懸命にプラスになろうとしたら、やる気満々じゃないか。その気がないと自覚しているのだから、そのまましばらく放置しておくのがよさそうだ。

いつものように、時間だけが解決への道筋をほんの少し照らしてくれる。




2020年8月23日日曜日

防災備蓄用ラジオ

地元自治体から、防災備蓄用ラジオなるものが全世帯にひとつ、配布され始めた。防災グッズによくある、手回し充電機能付きだ。ラジオ、サイレン、ライトがついている。加えてUSBポートがあり携帯充電も可能という優れモノだ。
ワイドFMは混信が多いね

以前この手のラジオを買ったことがあるがいくら回せどラジオやライトはすぐにフェードアウト。結局電池を使う羽目になった。今初めてUSBポートにアイフォンをつないで充電しようとしたが、聞いていたラジオは瞬時に聞こえなくなり充電も行われない。3分手回ししたところで充電まで望むことは酷というものか。

区のHPによれば全27万世帯に配布する事業費は15億円。単純な割り算をすれば単価は5555円。もちろんラジオ本体代金以外に輸入、通関、宅配などあらゆる費用が盛り込まれている。
令和二年予算案 防災備蓄用ラジオ全戸配布

小学校四年生の頃、父がなぜかラジオを買ってくれた。もちろんダイヤルをぐりぐり回してチューニングするもので、放送以外はザーという「砂嵐音」だ。当時神奈川県で聞いていた時、聞こえていたのはNHK第一、第二、FEN(現AFN)、TBS、文化放送、ニッポン放送、ラジオ関東(現ラジオ日本)だった。表示のある周波数の端から端までゆっくり回していくと、特に深夜には静岡放送や、北京放送、韓国語なども聞こえた。あちこちの放送が聞こえるというだけでなんだかワクワクした。

そんなラジオは地味に残り続けている。車には必ずラジオがついているし、インターネットでラジオが聞こえるラジコは2010年にサービス開始、2015年にはAMラジオ局がワイドFM放送を開始。ただこれはAM波廃止も視野に入れているので少し様相は異なるが。
文化放送

ラジオを配るという事業には賛否あるだろうが、有効だと思う。それを必要とするほどの災害に見舞われれば電気もガスも水道もおそらく不通の状態となっているはずだ。スマホなど何の役にも立たないし、ラジコは設定にもよるがバッファは最短でも15秒、時報も鳴らない。情報はタイムラグなくキャッチしたいものだ。

黄色の小型ラジオはそれなりにキュートではあるが、これを本来目的で使う日が来ないことを望む。

2020年8月15日土曜日

二度の結婚記念日


結婚を二度したわけではない。

「北京市人民政府婚姻登記処」へ届け出て受理された日と、日本へ戻って書類を出して受理された日がそれぞれあるのだ。

乾燥して紙がそっくり返っている

婚姻届けの煩雑さには閉口したが、最も気に障ったのは「お役所仕事」のその態度だった。全世界的な傾向なのだろうか。国際結婚だったこともあるのだろう。やっと準備を整え、登記処へ出向き書類を提出、かなり待たされた末に「来週来てくれ」という。すぐに日本に帰らないといけないので早く受理してくれと頼み込んだ。

「無理です」
一週間待てという。取り付く島もない、けんもほろろの対応だった。だがこちらもおいそれと引き下がるわけにはいかない。結婚は人生の一大事ではあるが、若い会社員にとって「もう一週間休み下さい」と気軽にリクエストはできない。そもそも、もう一往復したら飛行機代もバカにならない。「結婚証」の発行まで通常の手続きと所要日数は知らないが、来週のいつとも言わないし、第一こちらは一週間の盆休み中でとんぼ返りしなければならない。待つことはできなかった。

そこで、張さんの登場である。
会社の北京駐在員事務所で運転手と内勤をしてくれていた彼は、結婚登記所にも同行してくれていたので事の次第を把握している。一緒に窓口で長い時間掛け合ってくれたが、その結果が「待て」だった。

「咱们好好研究吧」
いくら思案したところで国際結婚の登記所に知り合いやつてがあるはずもなく、さすがに困り果てた。
「好好研究研究,好好・・・,好好・・・,烟酒,烟酒」
張さんがたばこと酒を買いに行こうという。古い手だが本当に効果はあるのか。だが、誰に渡す?渡す相手が見つからない。結局その日はいったんホテルに戻り、出直すこととした。

翌日、再び張さんと一緒に登記所に出かけた。道すがら、「たばこと酒を渡す相手が見つかった」と自分のことのように頷きながら言う。
「あの結婚登記所の隣のビルに知り合いが勤めている」

これを、つてと呼ぶのだろうか。
だが張さんは真剣だった。いまやその「隣のビルの知人」を介してアプローチする他はない。張さんと知人が再び長いこと掛け合ってくれた。

果たして、「結婚証」は翌日発行となり、当初予定の盆休暇内で収まった。張さん恐るべし。いったいどんなやり取りをしてくれたのだろう。28年前はまだたばこと酒の効力があったというハナシである。
張さんとその隣の知人には感謝の念しかない。

1丁目のバーガーキング

前回ハンバーガーを食べたのは、 2019 年 2 月、サンディエゴの Burger Lounge だ。滅多に食べないこと、そして滅多に行かないアメリカで食べたのでよく覚えている。彼の地に住む中学時代の同級生が連れていってくれた。アメリカーンな美味しいものだった。 最寄り駅にバーガ...