2021年1月31日日曜日

【書籍】 精神科医が教えるストレスフリー超大全②

幸せを感じる物質は大きくは3つあるそうだ。そして上から順に感じるのがよいらしい。たしかにセロトニンの「ささやかな」幸せに比べると、ドーパミンは、一攫千金や極めて大きな成功による「高揚感」がメインのようだ。これが通り過ぎた後の穴を埋めるように麻薬中毒になったりするであろうことは、想像できる。

さっそく「朝散歩」をはじめてみた


【セロトニン】

「やすらぎ」「癒し」「気分」の幸福感。

今日は天気が良くて清々しいなという健康的な幸せ。

To Do:朝散歩、瞑想、睡眠、腹式呼吸、笑顔

 

【オキシトシン】

「つながり」の幸福感。

スキンシップ、コミュニケーション、人とのつながり、愛情、交流や「ありがとう」と言う感謝の念による幸せ。

To Do:安定した人間関係、スキンシップ、コミュニケーション、親切、社会貢献、ボランティア活動

 

【ドーパミン】

「やる気」による幸福感。

目標達成時に分泌される「成功」の幸せ。

優勝、大金入手、達成感、高揚感。

To Do:金を稼ぐ、社会的成功、スポーツや大会での活躍、優勝、目標設定と達成、運動、笑顔、瞑想

 

そして筆者、樺沢サンが巻末に掲げる7つのエッセンス。

①     「それでいい」を口ぐせにする→自己否定から自己肯定へ。やれることをやれる範囲で実行する。

②     「今」にフォーカスして生きる→「今日」やるべきことを、「今日」やっていく。小さなtodoの積み重ね。

③     自分で決めて「自分の人生」を生きる→自分の考えや気持ちを言葉や文章で伝える習慣、アウトプットの習慣をつける。

④     自分を大切にして生きる→自分と家族。仕事はあとで。健康。

⑤     自分から心を開き「相談」をする

⑥     必ず「動きながら」考える→小さなtodoの積み重ね

⑦     毎日を「ポジティブ」に締めくくる→一日の最後に「楽しいこと」「よかったこと」に注目する。三行ポジティブ日記。

 

精神科医がその経験を通じて煎じ詰めたエッセンスなので、ヘンだと思う項はないし、実行できれば幸せになれそうだ。前項でも書いたが、筆者が提唱する「運動を週150分」、「睡眠を7時間以上」、「朝散歩を15~30分」のうち、朝散歩を始めた。それと自身が以前受けたカウンセラーに勧めてもらった「ジャーナリング」。日記と言う形で実行している。これはこの本で言うと、エッセンスの7番目ポジティブ日記に当たるかもしれない。ただ、いまだにポジティブに締めくくれる日は極めて少ない。

 

常々思うが、そうできない環境にある人が悩み苦しみ、もがくのだ。そしてそれに対する自分の解は「時間」と言う結論が出ている。本に書いてあることを実行してみるのはもちろんいい。快復が早まるかもしれない。いろんなTo Doを実行できない普通の人は、じっくり時間をかけて浮かび上がるのを待つしかないのだ。

そのかわり「時間は裏切らない」というもう一つの結論も出ている。

2021年1月30日土曜日

黒い犬は少し小さくなった

一月なのに少しだけ湿り気を帯びた夕方の暖かい空気は、なんだか懐かしいような、季節感をやや狂わせるような匂いがした。それはまた、どこかアジアの都市の匂いでもあるような気がした。

まだそんな嗅覚が残っていたか。いや、戻ってきたのかもしれない。

気持ちのメリハリなく、味気のない日々。みかんを食べて、「味がしない」と言ったら家人が席を立ち、熱を計れと真顔になった。「みかんとしての味」であって、味覚を感じなくなるというコロナの症状ではない。

 

気分が正常でないと、身体各所に影響を及ぼす。2019年1月から3月にかけての大きな鬱を最後にしたい。何事もバランスだからまたそうなるであろうことは覚悟するが、それならせめて楽しく明るいプラスの時を過ごしたい。いや、変化のない平らでもいい。まっ平らでいい。マイナス象限はもう勘弁してもらいたい。

動画再生は1000万回を超えている


鬱に陥ると、全く何もしたくなくなり、食事や睡眠すらどうでもよくなる。生気を失い、正体のない不安に怯え、苛まれる。浮上するきっかけも気力も、何もつかめぬまま、長い時を過ごす。1日は24時間のはずなのに、これを超越し、よどんだ時空に放り出され、もがきあがく。だがそうする気力体力も消耗しきってくると、わずかながらに摂取したものもエネルギーに変換されない。こうした絶望に陥る時のスピードは総じて早いと感じられ、その後生体反応がほぼなくなる時期は極めて長く感じられる。光の届かない大海の底で大きな錨に固定された感じだ。

 

そんな深淵から、動力をもぎ取られた自身を浮上させるのは容易ではない。しかも自力でしか浮上できないことがわかっている。「蜘蛛の糸」は決して降りてこないのだ。ではどうする。

 

親兄弟家族は心配はしてくれるだろうが、いくら声をかけてもらったところでそれを素直に吸収する力を失っているのだから、意味がない。医者やカウンセラーは、心配など微塵もしない。目の前の物体(患者)の睡眠、食欲を回復させる(であろう)薬を処方するだけだ。

 

時間だ。時間だけが助けてくれる。身も蓋もない、にべもない、と思うかもしれないがこれに尽きる。大きな錨は朽ちて崩れ始める。陥り始めた時間、底にいる時間、それと同じ時間、あるいはそれ以上の時間はかかるが必ず1ミリは浮上する。底からの1ミリはかなり大きい。そうすると、ある日、ぽかんと水面から顔を出す時が来る。そうなると今度は呼吸ができる。酸素が入って血液中に流れる。細胞が蘇る。感覚が戻ってくる。そして生きることが普通に感じられ、「黒い犬」の姿は小さくなっている。

 

ほっとする。


https://www.youtube.com/watch?v=XiCrniLQGYc&feature=emb_logo

I had a black dog; his name was depression.


2021年1月26日火曜日

【書籍】 精神科医が教えるストレスフリー超大全① 樺沢紫苑

精神科医・樺沢紫苑@アウトプット大全・インプット大全 シリーズ75万部突破

精神科医、作家。著書30冊以上。40万人超のネットメディアで精神医学、心理学をわかりやすく解説。「アウトプット大全」「ストレスフリー超大全」大好評発売中!

元気な人が読む本


というのが公式ツイッターのアタマだ。やっぱり、「売れている」ことが第一義にくるんだな。「日本人の自殺者を一人でも減らしていく」という志があるなら75万部は後から勝手についてくると思うのだが。

 

本にはTo Doが具体的に数多く例示されている。確かに「精神論ばかりのうつ本」よりもわかりやすい。最初から最後まで「運動を週150分」、「睡眠を7時間以上」、「朝散歩を15~30分」が出てくる。これが実現できれば気が滅入っているヒマはなさそうだ。他にはポジティブ3行日記、自己受容の4行日記などなど。

 

そういう方法を教えてくれるのは実にありがたい。だがみんなできないから困っている。それが「うつ病」の状態だ。本のタイトルや装丁から見て、自殺を考えるような深刻な状態で読む本ではない。なぜなら先に挙げたTo Doは元気でないと実行できないからだ。皆が「5,4,3,2,1GO!」で始められるなら誰も困らない。

 

苦しい時、自分自身の経験では、「とにかく嵐が通り過ぎるのを、息をひそめて待つしかない」。

動いたり、考えたりするエネルギーがないからだ。書籍では、うつが完治することはほぼないと言っている。そういう「ファクト」と、患者の思いとのギャップも最初に埋めてもらいたいと強く思う。患者は治りたいから息も絶え絶え、すがる思いでハードルの高い精神科医を訪れるのだ。自分は治るつもりで通っていたが、医者から「これ以上悪くならないようにしていた」と告げられるまで二年くらいかかった。不幸な行き違いだった。

 

最後の方で、「生きる意味など無い」と断言しているのは共感できる。そもそも自分が希望して(自分の意志で)生まれてきたわけではない。

自分が「生きている」という現実が先にあり、「生きる意味」「生きる理由」「生きる目的」はすべて後付け、というのもその通りだ。若い時、そして苦しんでいる時になぜ、わざわざ答えのない、そして意味のないことに思い悩むのだろう。


最近はこういうことも考えなくなった。元気になった証拠かもしれない。この本は、とても元気な人が、悩まないよう予防するための一冊だ。

(この手の本は図書館で借りてよかったと思う)

 

2021年1月23日土曜日

雨の午後のプレイリスト

中学や高校の頃は家に帰るとすぐに、そしてずっと机に突っ伏し、ラジカセの小さな窓に見えるカセットテープの回転を飽くことなく見続けながら音楽を聴いていた。わざわざ録音しているのだから好きな曲ばかりが詰まっている。カセットは書棚からもさすがに姿を消し、224枚のCDとファイル数5720、22.6GBが「私のレコードアルバム」になっている。

 

カセットテープに曲を録る際は、そもそもどの曲を選ぶか、そしてどういう順に並べるか、90分テープなら片面45分に、45分テープなら23分になるように、吟味を重ね、熟慮を重ねて録音に入る。テープが終わりそうな頃には残った「巻き」を見ながらフェードアウトなどという技も覚えた。

ある日のプレイリスト


曲のストック(当時はレコードやCD)が増えてくると、選曲のテーマを考えるのも楽しみの一つだった。ロック、フォーク、歌謡曲といったジャンルだけではなく、「タイトルに夏がつく」とか「雨の日に聞きたくなる」と次第に凝ってくる。「静かめ」「ダンサブル」「洋から和へ」「土曜の午後」「日曜の朝」など。ヤフーの音楽部屋が懐かしい。

 

今思えばウォークマンもケータイもないのだから、わざわざテープに録音などせず、レコードやCDを聞けばよかったのだが、なぜか「もったいない」気がした。レコードが減ってしまうのでは、などと思った。よく、レコードが擦り切れるほど聞いたという表現をするが、擦り切れたという人に出会ったことはない。

 

久々に雪の予報が出ている。

休みで外出しないと決めている日の雪は悪くない。

2021年1月16日土曜日

「パタパタ表示」はアナログかデジタルか

パタリロではない。

むかーし、時計とラジオが一体となったものを使っていた。その時計表示が「パタパタ」なのだった。針でなく、デジタル表示でもない。今思うと何とも「中途半端」な、それでいてかなり存在感のある表示だった。

 

存在感。それを見られる代表は空港だ。航空会社、便名、行先、定刻、変更、備考、そして搭乗口などの情報が「パタパタパタパタ・・・」という音とともに表示されていく、あれだ。いつまで見ても飽きなかった。見知らぬ世界の航空会社、行先を見て言い表しようのない焦燥感に駆られた。

空港にある「パタパタ」


あの表示を見ていた時は、無限に自由に表示が出来そうに思ったものだが、新しい内容が出ればあの「パタパタ」に書き足さない限り表示されることはない。やはり「中途半端」で実にアナログだ。デジタル表示なら、データをちょいと足せば、それこそ無限に表示を加えることができる。

ラジオと「パタパタ」時計


1985年の映画、Back to the Futureの冒頭、マーティが自室で寝ている脇に、「パタパタ時計」が出てくる。時刻が変わり、ラジオが鳴ってマーティが目を覚ます。でも自分が使っていたのは1975年頃。映画ではわざと使っていたのだろうか。

 

そう、普通はアラームやラジオが鳴れば起きるものだ。ところが家人は何と目覚ましも時計すらも使うことなく、朝は自分の必要な時刻に起きる。日課の昼寝も異なる時刻であっても後の都合に合わせて勝手に寝て、勝手に起きるという特技を持っている。寝入りに、騒々しいポッドキャストを聞きながらでも熟睡しているところが常人離れしている。

 

件のパタパタ時計を使っていた頃、毎朝6時にラジオをセットしていたが、必ず、なぜか5:59に目が覚め、6:00に「パタっ」と変わり、ラジオが鳴り始める瞬間を見つめているのだった。自分も常人離れしているのか。

 

パタパタ表示、いまいずこ。

2021年1月11日月曜日

左脇vs右脇は引き分け

毎日検温している。ホントは決まった時間にすべきなのだろうが、ある日は朝、ある日は夕食後と一定ではない。コロナが蔓延し会社でも罹患する人が増えており毎日検温して体調不良の際はすぐに休むなど手を打つことが奨励されている。

 

子供のころから自分の平熱は36度3分と信じて疑うことはなかった。つい最近まで。だが昨年ある時期から計るようになって驚いたのはほぼ毎日35度台だったことだ。朝は低めで夕方にかけて高くなるというが、夕食後に計ってもなんと35度5分だった。

左右で違うものだ


右手で体温計を持つので自然と左脇で計ることになるのだが、先ほど右脇にさしてみた。するとどうだ、36度3分だった。まったく同じとは思っていないが左右でこれくらい異なるものなのだろうか?

「人間の身体も筋肉のつきかたや血管の走行に左右差がある影響で違いが出る」こともあるらしい。

https://spkaramedy.mopita.com/Question/438933?QAcategory=%E5%86%85%E7%A7%91

体温の左右差(CARADA健康相談HPより)

 

日が変わり、今日(1月11日)の左脇は36度3分、右脇は35度6分。左右逆転した。

体温計がいい加減なのか、自分の左右脇がオカシイのか?

2021年1月10日日曜日

常に最先端をゆく、自分

コロナはいろいろな日常を塗り替えていったが、働き方はその最も大きなことの一つだ。もはや在宅勤務はそれが当然だったかの如く語られ、年齢や勤続年数は関係なく「仕事に対して人を割り当てる」ジョブ型が急速にクローズアップされている。

 

年齢に関係なく優秀な人材が要職に就く。

自分の勤める会社ではずいぶん前からそうなっている。女性もしかり。女性活躍うんぬんの前から女性グループリーダーはいるし、役員もいた。俺は「下駄をはかせてもらって」ヒラ管理職になるのがやっとだった。女性が優秀で(or/and自分がアホで)加点しないと管理職試験に合格できなかったということだった。当時の上司がそう解説してくれた。そいつ(上司)は本当に人望のない男だった。

もっとも、その後順調に昇進しないので、本当にダメだったと今は十二分に理解している。

だいぶ履かせてもらったらしい(知るか)


入社後、二年少しで当時できたばかりの海外研修制度を活用、そのまた一年後には正式に一年半の留学に出た。図らずも行った先で嫁を見つけた。そして国際部への配属と序盤は快調だった。

だがさらに何年かを経て駐在からの帰国後、突如として発症した鬱は、その後ピークに達し、うつ病になった。(うつとうつ病の決定的な違い)

 

30年前にしては、社会人留学も国際結婚も、そしてうつで休暇をとったのもそれほど多くはなかったと思う。留学者数推移を見ると、自分が行った1990年は1986年の底から2004年のピークに向けた増え始めるころの段階だ。しかも行先は中国。今でこそ中国への留学生はアメリカ、オーストラリア、カナダに次いで4位だがその当時は不人気だったに違いない。

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/__icsFiles/afieldfile/2019/01/18/1412692_1.pdf

「外国人留学生在籍状況調査」及び「日本人の海外留学者数」等について(文部科学省平成31年1月18日)

 

「国際結婚数は1980年代に一気に増加し、年間1万件以下だったのが、1990年代に入ると2万件を超えるように」なったという。少なくとも当時、自分の周りにはいなかった。1991年に婚姻届けを出した時は、まず偽装結婚を疑われたものだ。ひどいもんだと思ったが、実際多かったのだろう。

https://data.wingarc.com/international-marriage-21492

日本における婚姻総数と国際結婚数(データのじかんHPより)

 

ハナシが飛び散ったが、自分の経験は、その時々では早めだったと今思う。うつで休みを申し出た時の上司は二つ返事で即応してくれた。その上司を今も尊敬している。休ませてくれたからではなく、理解を示してくれたからだ。後にも先にもそういう人はあまり見かけない。

 

休みたくて休んだのではない。休まざるを得なかった。

その時休んだから、いま、こうして駄文を綴っていられるのだ。

感謝。

 

 

1丁目のバーガーキング

前回ハンバーガーを食べたのは、 2019 年 2 月、サンディエゴの Burger Lounge だ。滅多に食べないこと、そして滅多に行かないアメリカで食べたのでよく覚えている。彼の地に住む中学時代の同級生が連れていってくれた。アメリカーンな美味しいものだった。 最寄り駅にバーガ...