2020年6月19日金曜日

My「東京百景」


又吉サンの「東京百景」(又吉直樹著、角川文庫)で、「東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい。ただその気まぐれな優しさが途方もなく深いから嫌いになれない」と言っている。著書では「あくまでも自分の生活に附随した風景だから場所が随分偏った」とある通り、確かに吉祥寺、三鷹、高円寺など「西側」が多い。東京より「東側」は勝鬨橋、隅田川、舞浜、富岡八幡の4か所しかない。

又吉サンの東京は西が多い

香港から戻って江東区に住んだのは偶然だった。当時社宅が横浜、戸塚にもあり、そちらのほうが実家に近かったこともあり、気分は完全に「神奈川」だった。だが候補の三つ目に上がったのが江東区の社宅だった。少しひっかかったが、通勤時間の短さを優先した。

今でこそマンションが立ち並び、場所によっては「住みたいエリア」と言われているようだが、四十数年前は海抜ゼロメートル地帯ゆえの水害イメージと「夢の島」というテーマパークかと錯覚するごみ処理場をかかえ、杉並区と「ゴミ戦争」を繰り広げていた。治安も良いとは言えない地区だった。

自分にとっての東京は、どんなところだろう。東京と言えば人が多くて何でもある印象を持つが、自分が接する「東京」はその極めて限られた側面でしかない。面どころか点かもしれない。都会に巻き込まれて苦しむような思いはしていないし、又吉サンのように「気まぐれな優しさ」に出会ったこともない。

「東京百景風」に情景をちりばめるなら、こんなのはどうだろう。

【澱む小名木川】
隅田川につながる支流、小名木川の両サイドには整備された遊歩道がある。散歩やジョギングには絶好のコースだ。そこに一昼夜は越したと思われる、ドライな犬の糞が白い丸印で囲われている。たまに黄色やブルーの印の時もある。チョークで描かれたようでもあり、スプレーのようでもある。片づけない飼い主も飼い主だが、点在するドライ糞に印をつける人もつける人だ。だが糞を片付けない飼い主に注意をできない自分にも責任の一端はある。しばらく経つと糞も白い丸印も掃除されている。清掃員に対する業務指示に違いない。その指示を出すのは区役所職員だ。糞をする犬と片づけない飼い主を見たことがあるが、印をつける人と清掃員には遭遇したことがない。印は早朝に見かけることが多いので、早朝残業がついているはずだ。住民税の使われ方として適切かどうか考えてしまう。もし自分がその係だとしたら「ラクでラッキー」と思うか、「こんな仕事辞めてやる」と妙なキャリア意識を持つか、などと考えながら今週末も小名木川沿いをジョギングしている。水面は無意味に暗く、黒い。

     区に怒られそう(但し飼い主にはモンクをいいたい)
     作家にはなれそうにない

都民になって22年。自分の「百景」を描けるだろうか。

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