2020年6月28日日曜日

くよくよ思考からの脱却


できない。

だからこの二十数年困っている。ただ、人から「いつまでもくよくよするな」などと言われたことはない。多分一度もない。
自分の内部でグルグル回っているのだ。これが実に厄介だ。

スキっとは晴れない

「くよくよ」は身をよじりそうなイメージだが、それは「くねくね」。
「笑える国語辞典」によれば、その語源は後悔する「悔い」と関係があり、さらにたばこの煙などを「燻(くゆ)らす」ことからきているという。
https://www.fleapedia.com/ 笑える国語辞典より、「くよくよ」参照

火が消えた後の煙のゆらぎは確かに不安定で、頼りなさげに立ちのぼる。そして薄くなり、消え入りそうになりながらもたなびき、且つ、そこに火があったのだということを残り香で鮮烈に示す。それはたばこでも、マッチでも焚火でも、それぞれの匂いがする。(最近は焚火もできないが)

悩み始めるとなかなかスッキリ消えない「くよくよ思考」。
白いハンカチについたシミが洗濯しても落ちないような、洗った食器に若干の油膜が残るような、ガムを踏んでしまいこすっても取れないような。
「で、何に困っているの?」
と言われると、説明しにくい。これがまた困る。

言語化、定量化できないことは、特に近年仕事の世界ではアウトだ。そう、アウト人間なのだ。長いこと悩んでいる自分に疲れるというのも一つある。じゃあ考えなければいいじゃないか。その通りなのだが。

自分自身に対しても言語化すなわち説明できないからモヤっと悩む。
だが、そろそろ自分を理解、支援、応援してやらないと、他は誰もしてくれない。それは当然のことだ。
困っている自分に手を差し伸べてみよう。

この項を書いていたら、翌日に日経plus oneでマインドフルネスを、プレジデントで「悩まない練習」号が出た。そういう時流には乗っているようだ。

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